一般国道113号
明沢トンネル旧道
第7部

2022年4月17日 探索 2022年6月13日 公開

早く現道の明沢橋に行って、真横から見てみたい。その気持ちは先行しているが、その前にせっかく現地にいるのだから、もうちょっと眺めていたい。それが人情と言うものだ(笑)。
と言うことで、現道と旧橋、明沢トンネルが一つのフレームに入るようにして撮影してみたのが、この画像だ。下草と灌木が激しいが、今は残雪が残る季節。これが新緑の季節だとヤブに囲まれてどんな風景になるか。おそらくは緑に囲まれて、橋が見えないくらいになっていることだろう。

ひとしきり撮影したり覗き込んだりして戯れ、いよいよ明沢橋を後にする。渡り切った直後、旧道は左に直角で曲がって急坂で上がっていく。現代の道路の造り方では考えられないような道形だが、当時はこれが当たり前だったのかもしれない。だが、雪が積もっているにも関わらず、この道の雰囲気はどうだ。2車線は十分に取れそうな道幅にも関わらず非常に急な坂なので、荷物を満載したトラックなどは、ここを上がるのに苦労したことだろう。
当時のトラックは今よりもパワーがなかったので、黒煙を吐きながら喘ぎ喘ぎ登っていたボンネットトラックの姿が目の前に見えるようだ。

橋を渡り終えた後の直角カーブに続いて急な坂を登り終える。若干勾配も緩やかになって、それまでスピードは遅いけど喘ぎ喘ぎ上がっていたトラックのエンジン音が急に軽くなって、スピードが少し上がるあの瞬間が思い浮かぶ。これがまるで「あーやれやれ、やっと登ったぜ」と言っているかのようで、非常に好きな瞬間なのだ(笑)。ここはまさしくその場所だっただろう。

これまで登ってきた橋からの急坂を登り切ったところで、振り返って見る。ここから見ても、結構な急坂だ。但し、道幅は広い。だが、明沢橋は結構狭かったように思う。そうすると、車が橋で出くわした時には、お互いに阿吽のタイミングで停車して行き違いをしていたのか。橋の手前は直角に近いカーブのため、時には曲がり切れなくて何度も切り返す車もいたんじゃないかと思うが、そこはお互い様と言うことで待っていたんだろう。今の時代ではほとんど見られない、失われた風景かもしれない。

坂を上り切って目の前に広い雪原が広がる。おそらくは田圃か畑か。だが、今一つ境界線がはっきりしない。ひとしきりウロウロしながら撮影したのが、この画像だ。真ん中あたりに水平に残雪がある箇所は現道の明沢橋の袂に繋がる小径で、これを進めば現道の明沢橋から旧道の橋が真横から眺められるはずだ。出来れば道筋に沿って進んでいきたいが、一面雪原でどこが路面かわかりゃしない。
やむなく雪原を突っ切って、この小径に向かうことにしよう。

雪原を突っ切って小径に辿り着いた。細いながらも舗装された路面が露出している道がそれで、私はこの小径から旧道が通っている方向を眺めている。旧道はおそらく中央左に見える、林が一部途切れた箇所からこの林を突っ切って米坂線を横断していたと思われた…が、確証はない。これは雪が消えた際に再度探索することにしよう。

まるで「白トビ万歳!」とでも言いたくなるような画像だが、これ全て残雪だ。「どこが道かわかりゃしない」と先ほど書いたが、それがわかって頂けると思う。こうして見ると真冬のような印象を受けるかもしれないが、私はさっきから足元の雪と格闘して、結構汗ばんでしまっている。草のヤブを格闘して抜けるのも大変だが、こうした雪原もなかなか大変だ。

さて、まずはいったん現道の明沢橋を目指し、そこで旧道の明沢橋を観察した後は反対側からこの旧道に入り、辿ってみることにしよう。今日はまだこの後に違う場所の探索が一つ控えているので、テンポよくいきたいところだが…

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