新潟県一般県道440号
麓野積線 第8部
「森に隠れたふとんかご」

2023年8月12日 探索 2023年11月7日 公開

森に隠れたふとんかご

日本に自動車が走り始めたころのこの道を、草創期の車や牛車、馬車や人が行き交う姿をひとしきり頭の中で想像して楽しんで先に進むと、左の山側の斜面がこのようにブルーシートで覆われていた。山中を走るこのような道では大して珍しくもない光景だが、この道はこれまでこのような姿を見たことがなかっただけに一際目立っていた。
鉄の単管とベニヤ板で組み上げた保護壁が応急的なものであることを滲ませて痛々しいが、路肩を見るとここだけ地味に縁石があることから、ここは橋ではなくボックスカルバートか、あるいは似たような形式で沢を跨いでいるものと見た。ブルーシートは沢の部分が大雨か何かで崩れてしまい、その補修で保護されたものだろう。
この付近の山側の斜面を見上げてみると、知らない間に結構な高さがあった。もし崩れてしまえば土砂が道を覆いつくし、復旧までに相応の長い時間がかかると思われる。

斜面の低いところを水が流れるようになって、それが川になり更に地面を削って右側の谷を造りだしていて、そこに山の斜面を削って道を通しましたということが、よくわかる地形。ここはなかなか開放的な空間で、高い木々の間から空も顔を覗かせて楽しませてくれるが、相変わらず交通量は皆無に等しい。周囲は人っ子一人いない状況で、その辺からヌッとクマが出てきそうな雰囲気ではある。私は最初に(第1部あたりで)そこそこに交通量はありそうだと書いたが前言撤回。ここまで車の一台も、一人も出会わなかったことを考えると、この道はほとんど交通量はないらしい。

蒸し暑さに顔をしかめながら辺りを見回すと、路肩には枯葉が降り積もり、野積側よりも少し広くなった路面は、辛うじて中心に苔はないものの、どことなく寂れている。この道はどことなく「歩きが似合う道だなぁ」と、峠を越えたあたりから感じていた。それに全体的に勾配も緩やかだし。クマが落ちついたら(それはないかもしれないが)、この道を通しで歩いてみるのもいいかもしれないが、私はとても歩き通せるだけの自信はない。それだけは自信を持って(?)言える。

ところで、前方左側に山に突っ込んでいくような斜面が見える。あれはいったい…?
これまで少し単調になっていた探索に、光を差し込んでくれるかもしれない。意気込んで駆けつけると…

おお!こりゃ登山道だな。入口に立っている標柱を見てみると…なるほど。ここから山道を入っていくと猿ケ馬場峠を越えて弥彦山、この道を下っていくと剣ヶ峰(けんがみね)・国上山(くがみやま)に出るらしく、ここは国上山・弥彦山・多宝山縦走路の交点でもあるらしい。標柱を立てたのは新潟県三条地域振興局と表示があった。
こういった道を見ていると、私は新潟県一般県道550号東谷塚野山線の未開通区間の風景を思い出す。この道も、まるで登山道のような道だったが、当時WEBで公開されていた新潟県道路台帳で調べると、立派な県道だった。
ここは…県道とは違うよな、やっぱり(笑)。


ところで、この画像はこのレポートから初めてお目見えするもので、一部分を強調して見せようというものだ。これまでは画像加工に古いソフト(Photoshop4.0)を長年使っていたために、こういった加工は出来なかったが、さすがにOSにソフトが追いつかなくなってきたために新しいものを導入した。やはり時間の経過は凄まじいものがあり、こういったソフトの進化を改めて感じてしまった次第だ(笑)




おおっ!あれは石垣?!

…と思ったら、いつぞやで出てきた「ふとんかご」だった。いわば「かご工」と呼ばれるものですな。こんなところにかご工があったら、石垣と間違えてしまうじゃないか!と小声でツッコミを入れたのはナイショだ(笑)。
だが、施工されたのは随分と前のことらしい。それはこのかご工の周囲の風景が物語っているような気がする。かご工の目的については、以前に書いたもの(調べたら阿弥陀瀬トンネル旧道第6部「静寂と旧旧道と、ふとんかご?」だった)を転載しておく。


「かご工」は法面保護工の構造物の一つで、その機能や形状、設置方法などで3種類に分類される。その種類は「じゃかご工」「ふとんかご工」「かごマット工」とあるが、ここに施工されているかご工は「ふとんかご工」と呼ばれるもので、湧き水や表面を流れる大量の水で法面の表面が削られたりするのを防ぐのと、土圧に抵抗する目的がある。このため湧き水が起きた箇所や地すべり崩壊の復旧に用いられることが多く、法面工というよりは、むしろ土留め用として施工される場合が多い。


さて、多少残念な気持ちを抱えながら先へ進むと…

出ました!
毎度おなじみ「背を向けた何か」!

思えば、いくつもの旧道や廃道で「彼ら」に会った気がする。それは車や人の通行が無くなっても警告を発し続ける警戒標識、あるいは通行止、はたまた「この先行き止まり」(←これなんかは実にワクワクする)とか。今度はなんだろう?。それに、斜めに上がっていく道が見えるし、その麓には何やら標柱らしきものも見える。さて、これはもしかしてこの道に関する標柱か?。

「すれ違い困難!」

野積側にも立っていたヤツだな。だが、困難というよりも「不可能」と言った方がいいんじゃないか?。と、また思わずツッコミを入れてしまった。最近、探索していると、この「思わずツッコミを入れてしまう」ことが以前に比べて増えた気がする。トシのせいだろうか?気を付けないと。誰が聞いているってわけでもないけど(笑)。

ところで、この看板を立てたのは新潟県三条地域振興局地域整備部となっている。野積側は与板維持管理事務所(新潟県長岡地域振興局与板維持管理事務所)だったから、やはり管轄がしっかり変わっているのだ。

問題は、左側に立っている太めの記念碑的な標柱だ。そこには「林道記念」というような文字が見える。実はこの左側にも、斜めに上がっていく道があって、この標柱がどちらの道に対して建てられたものなのかがわからない。だが、立っている位置と向きからして、おそらくは県道に対してのものだと思う。さて、この標柱は県道の出自に関わるものなのか?!。以下、次回!。

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