一般国道49号旧道
宝川白坂区間

2019年7月24日 探索 2019年8月15日 公開

宝川白川区間。国道49号のこの区間の名前を聞いて「あぁ、あそこだな」と思われる方は、意外に少ないのではないかと思う。本来ならばこの区間は、すぐ近くにある峠に関連しているためにその峠とまとめて紹介するべきなのだが、この区間と峠を一緒にしてしまうと私の書き方ではとんでもなく長くなってしまう可能性があった。なので、こうして分けた次第なのである。その峠とはどこか。それは、ここでも既に紹介した「鳥井峠」である。では地形図でその位置関係を確認してみよう。

国土地理院の電子地形図(タイル)に注釈を追記して掲載

今回、紹介する区間が結構な距離になるために、その範囲も非常に大きくなってしまい、地図が細かくなってしまうのをご了承いただきたい。この辺の道を一通り説明すると、地図上の赤い線が現道の国道49号。それに対し、青く見える川(この川を鬼光頭川(きこうずがわ)と言う)に沿ってヒョロヒョロと進んでいる道が、旧道の国道49号である。この旧道は白坂の町を過ぎると鬼光頭川を渡って現道に合流する(地図上では178.5の標高点がある地点)が、これは後世に作られた道。
本来の旧道は白坂の町を過ぎて川沿いを進み、更に川谷の集落を過ぎて現道の車トンネルの直前で合流している道が本来の旧国道49号である。これは旧版地形図を見て頂くと、すぐにわかると思う。

この地図は大正二年測図、昭和六年要部修正測図、昭和九年大日本帝国陸地測量部 発行
5万分の1 野澤 を使用したものである。

それぞれの地図で縮尺が違うので距離的に違う部分もあるが、この地図で見ると川谷の集落を出て左にカーブして、更にその先で左に直角に近い形で曲がり、すぐに右に折れる稲妻型の道形をしている部分が確認できるだろう。おそらくこの地点か、これより少し手前の地点が現道との合流点ではないかと考えている。またこの後、現道は車トンネルで一気に峠を越えるが、旧道は等高線沿いに進んで267.12の標高点を通過する。この標高点は現在でも267.1の標高点として残っており、おそらく同じ位置だろう。ということは、車峠も途中の線形が本来の旧道よりも若干変わっている(特に標高点を過ぎた後の七曲りが、現在では消えている)ことが予想されるが、今回は車トンネルの直前までとし、車峠の部分はまた後日、探索することにした。

今回は、まず宝川(ほうかわ)集落後から始まる鬼光頭川沿いの旧道から、川谷集落を過ぎて車トンネル直前までと、鬼光頭川を渡って現道に合流するまでの「越後街道編」、更に宝川集落の中を通って鳥井峠直前までの「宝川集落編」の二つに分けてお届けする。
まずは越後街道編から。それは現道から分岐する、非常に地味~な道だった!。
本当に、これ?!(^^;

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