新潟県主要地方道59号
大和焼野線
後山トンネル旧道
 第8部

2023年4月22日 探索 2023年6月24日 公開

あの頃のひとたちへ

いきなり現れたヘアピンカーブに驚き、ウロウロして楽しみ愛でた後は(←ヘンタイ(笑))、頂上目指して出発だ。路面には山側の斜面から転がり落ちてきたであろう細かい石片が転がり、現役時代と比べて交通は激減したものの、災害は今も現役であることを教えてくれている。
こうして探索していても、いつ上から石が落ちてくるかわからず、落ちてくる石がたとえ小さくても頭に当たれば命取りになるので、暑くてもヘルメットは必需品と言える。でも…今被っているヘルメットは通気性とは無縁のもので、暑くて仕方ない。もう少し通気性が良いヘルメットにしないとなぁ…。

右へ左へつづら折りの緩やかな勾配で上がっていく旧道。谷側の斜面に張り付くように成長した木が日陰を作り出している。クルマで登れば一瞬だが、歩いて登っている(しかも自転車を押して)今の私にとっては、天国か砂漠のオアシスと同じくらいありがたい。ヘルメットを脱いで、クールダウンすることにしよう。

アゴヒモを外してヘルメットを脱ぐ。外気温は、今日は25℃を越しているはずだが、ヘルメットを脱いだ頭に風が吹き抜けて、一気にクールダウン。汗取りのために巻いているタオルを外すと更に涼しくて、非常に気持ちいい。こんな時のために、飲料水とは別に500㎜のペットボトルに水を入れてリュックの中に入れているのだが、その水を頭から一気にかけると非常に気持ちよくて爽快だ。衣服が濡れても、どうせこの気温ならすぐに乾くから気にしない。こんなことも、楽しみの一つだったりする。

一気にクールダウンしたところで出発。汗取りのために頭に巻いているタオルを新しいものに交換するだけでも、頭も気分もスッキリして気持ちいい。汗っかきの私の楽しみと言ってもいいかもしれない。これで体重が少しでも減れば、申し分ないのだが…。

閑話休題。
少し先に見える稜線と同じくらいの高度になってきた。空も高いし、日陰はないし、太陽に少しだけ近づいた分、暑くて仕方ないのは変わらない。でも、その中でもこの一瞬を切り取りたいからカメラのレンズを向ける。この景色が来年また見れるとは限らず、まさしく一期一会だ。道だってねぇ、極端な話、来年は路盤崩壊して通れなくなってるかもしれないし…(考えたくないけどね)。

右カーブを越えると路面が濡れてきたので、なぜだろう?と思っていたら、これが原因だった。こんなに気温が高いし、日陰もないから太陽光が差し込むので雪はないだろうと思っていたら、甘かった。雪の表面が細かな木屑でコーティングされているので、これが保温の役割を果たしているのかもしれない。どうやらここも上から雪が落ちてきたようで、雪崩だろうか。
この雪が融けるのはいつか。今は4月後半。このレポートを書いている6月後半には、融けてすっかりなくなっているだろうか。

雪を乗り越えるのに何が大変って、自転車。今の私が身一つなら、踏みしめて越えればいいだけだが、自転車があると半ば「乗り越える」という作業をしなくてはならない。おまけに、私の自転車が重いと来てる。それでも何とか雪の中を通し、出てきたのがこの画像だ。路面には割れ目が鋭利な石がゴロゴロ転がり、ゴムタイヤの車輪を通すには少々神経を使う。慎重に通っていくと路肩に目が留まった。そこにあったのは…

ここが車道だった頃の名残で、様々な人々が行き交う峠道であったことを示すものだ。こういった物を見つけてしまうと、どうもそこに思い入れが入ってしまって、かすれて姿を消した路側帯の帯に哀愁を感じてしまう。この消えかかった白線が、その昔の現道時代に車道と歩道を分けていたのだ。どのくらいの人々が、どんな思いでこの白線の内側を通って峠を越えていったのか。嬉しかったのか、悲しかったのか、楽しかったのか、辛かったのか…。今となってはそれを知る由もないが、その頃の人たちにもし出会えたなら、伝えたい。

あなたが通ったあの道は
今も元気だよ、と。

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