一般国道113号
鷹の巣旧道 第2部
「路肩に潜む石垣」

(新潟県一般県道492号 鷹の巣公園線)

2026年5月5日 探索・2026年6月7日 公開

路肩に潜む石垣

前回の終わり、現道と交差する地点でこの道を眺めるところで終わったが、その画像を撮影した後で右を見ると…!。なんと!とんでもないものを見つけてしまった!。これっ!。この急なカーブの曲線に合わせてきっちりと積まれた、この丸石の石垣!。この石垣は練積みではなく空積みではなかろうか。この素晴らしい石垣は、この道をいったい何年もの間、守り続けてきたんだろうか。その長い時間に想いを馳せると、気が遠くなる想いだ。国道になっても、旧道化で県道になっても、コンクリートで無造作に固められてしまうことなく現代にその姿を残す、この石垣。思わず頭が下がる。

見事にきっちり積まれた玉石積みの空積みの石垣。その積まれた石の隙間から草がニョキニョキと生えてきて、その草に埋もれかけてしまってはいるが、今でもその貫禄は十分。この道が現役だったころは、どんな車が通って、どんな人が通ってたんだろうなぁと過去に想いを馳せてみる。山側からクマがにゅっと出てこないことを祈りながら。最近、クマが増えたからねぇ…。
ところでこの道、こうして画像を見ているとそんなに交通量がないようにも見えるが、実はそんなことはない。この先にキャンプ場や温泉地があるので、実は結構交通量はあったりする。撮影した画像は、車が来ない一瞬を狙って…と言うわけだ。

右側に、先ほどからお伝えしている素晴らしい玉石積みの石垣が見えているが、その隣には現代のコンクリートでビシッと固められた、現代の擁壁が見える。ん~…こうして見ると、やはり現代の擁壁はなんとなく味気がないなぁ。…ま、でもきちっと法面を防護してくれているという点では、やはり現代のものの方が強固だろう。でも、この擁壁も施工から何十年もなっているのだろうし、ある意味旧きものとも言えるな。分け隔てなく愛でることにしようか。

石垣を愛でた後は、また旧道に戻って道程を辿ることにしよう。そんな私の目の前に現れたのは、沢を渡る小さい橋と、その沢沿いに走る未舗装の道。プロローグの中で道路現況平面図(道路台帳)を紹介したが、その中にこの橋の名称がこそっと登場している。この一見銘板もない小さい橋の名は「駒落橋」。この橋の名前は頭上を通る現道の橋にも使われていて、その祖先はこの旧道の橋、と言うことになる。現道の橋の銘板を調べてみると、この橋の名は「こまおとしはし」と言うらしい。駒とは馬を指すから、この橋は馬が落ちてしまう橋と言うことになる。なかなか物騒な橋だが、その昔はこの橋ももっと細くて狭く、小さい橋だったんだろう。そしてそこから多くの馬が落ちてしまっていた…。なんとも悲しい話だが、そうして関川と小国の交通と物流が行われていたと言うことになる。

古めかしい親柱と高欄。それに、橋の近くの地面に突き刺さった積雪深を示すポール。これが現代に残る旧駒落橋だ。橋の下を覗き込むと、この橋の下には右側の山中から湧きだした、それはそれは非常に清らかな水を湛えた沢が流れている。その沢は決して大きくはないが、その昔はこの沢に多くの馬が落ちていたのかもしれないと言うことを思うと、なんとも言えない気持ちになってくる。この沢の近くにも橋の近くにも馬頭観音などは全くないが、遥か昔からこの沢に落ちたであろう多くの馬たちの冥福を祈った。

これがその沢。水は非常に綺麗で、御覧の通りそこが見えるほど美しい水が流れている。今でこそ水量は少ないが、その昔は急流だったりしたのかもしれない。今日は非常に暑い日。この流れを見ていると思わずこの水で顔を洗いたくなってくるが、それはやめておいた。こんな暑い日の川と言えば、持倉鉱山の五十母川を思い出す。この持倉鉱山の探索を行った日が非常に暑い日で、川の水で頭を冷やして熱中症から救ってくれたのが五十母川だった。この探索を行ったのが2018年8月。もう8年前のこと、時間が過ぎるのは早いもんだなぁ。

次回、その林道らしき道に少し寄り道してみる。
そこには森に囲まれた素晴らしき景色が。

第3部へ