新潟県一般県道227号
室谷津川線 旧道

2021年5月8日・2021年6月2日 探索
2021年7月8日 公開

長い道のりの始まり

ここは新潟県阿賀町。一般国道49号の三郷交差点から旧上川村方向へ常浪川沿いに進み、楢山と言う集落を過ぎて少し進むと、この場所に出る。あたりは実に長閑な田園風景が広がり、およそ和やかな雰囲気に包まれる場所だが、今回はここがスタート地点だ。
今回も御多分に漏れず、どこか面白い道はないかと地図を地理院電子地図を眺めていて見つけたのが、今回探索する旧道だ。と言うことで、まずは地理院地図を見てみよう。

国土地理院の電子地形図(タイル)に注釈と矢印を追記して掲載

地図が細かくて申し訳ないが、スタート地点の概略はこんな感じだ。
何故私がこの道を旧道と睨んだか。それは、ここから分岐する道が現在の県道に寄り添うように終点の室谷まで走っているからだ。この時点で、何故この道が現道に寄り添うように進んでいるのか、私にはわからなかったが、この道を一目見て強く惹かれてしまったのもまた事実で、旧道や廃道などの経験値がまだ非常に浅い私でも「何かある」と思った。これが探索理由だ。

ここは現道と旧道の分岐点。右に進む道が現道で、一気に高さを稼ぐように上り坂になっている。対して左側に進むのが旧道。旧道はここから緩やかに下り坂になり、旧道の更に左側を流れる常浪川に沿うように進んでいく。私はこの分岐点の中央にある猫の額ほどしかない空き地の端に車を停め、ヘルメットを被り長靴を履いて、装備を整えていく。

この分岐点はちょっとしたロータリーのような形状になっている。旧道はおそらくここから左下へ向かっていたと思われ、それは往年のこの道の姿を現しているようだった。私はこの地点の旧道側の、真ん中に見えるほんのわずかな空き地の道路沿いに車を停めて、準備を進めたのだった。
季節は5月で本来なら爽やかな時季なのだが、探索当日は非常に暑い日で汗ばむくらいだった。ただ、幸いなことに風が非常に爽やかで、準備をしている最中も暑くなる身体を冷ましてくれる冷たい風だった。

ここから見る風景の中央に、まるで道を仕切っているかのようなガードレールがあるのが見えるだろうか。現道と旧道の分岐点はまさしくここで、当時の県道の路盤はここから見える左側の旧道の路盤に移り、常浪川沿いに進んでいったかと思われる。問題は、ここから右に進む現道なのだが、左に進む旧道は、切り替える理由が何もなさそうに見えるのに、何故この新道が作られたのか。これが探索を始める今でもわからない。だが、この理由は探索途中で見つかるかもしれない。そんな気もしていた。

装備を整えて「じゃ行こうか」と言うときにふと路面を見ると、このような用水路が道端に流れていた。だが、驚いたのはその水の綺麗なこと。用水路であるにも関わらず、この水の透明さは山の湧き水にも匹敵するほどの透明度だ。山から湧き出た沢の水を直接引いているのだろう、この近くの農家の方々は、この非常に綺麗な「飲めるんじゃないか?!」と言うくらいのミネラルたっぷりの湧き水でお米を作っておられるのだ。
新潟県で米と言うと南魚沼のコシヒカリが全国的にも有名だが、ここ上川産も負けず劣らず美味しいのではないか、そう思わせてくれる水だった。

分岐点にこのような案内板があった。これは何かの目印になるのではないかと一応事前に地図で調べてあって、伝統的家屋がこの旧道の終点に近いはず。となると、ここから6キロ旧道が続くことになる。実は今日はこの旧道の全工程を調査せずに、およそ中間地点で探索を終了して残り後半は後日に行う予定でいた。こんな工程にしたのは主に私の時間的都合によるものだが、それだけではなく、一気に6キロの調査を自転車無しで行うのは大変だからだ。
と言うのも、今日は修理のため自転車を積んできていない。なので、今日の探索は全工程が徒歩になるのだが、日頃あまり歩かない生活を送っていて、なおかつ加齢のため最近は膝にあまりよろしくない影響が来ている身体にとっては、6キロの歩きの探索を一日で行うのは無理だと判断したからだ。旧道や廃道を探索する身にとって、トシは取りたくないもんだなぁと実感してしまった。

道の高低差がよくわかるここから、私は旧道に入っていく。
ここから終点の室谷まで、この旧道がどんな風景を見せてくれるのか、年甲斐もなくワクワクしている。今日のカメラの相棒はD300とD3300。往年のフラッグシップと近年のエントリー機がどんな画像を見せてくれるのか、それも非常に楽しみだ。録音しておいたスマホのラジオ番組(ちなみに「ラジオマンジャック」(謎笑))をクマ避けに鳴らし、腰に付けたクマ鈴の音を響かせながら歩きだす。

では、探索開始!

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