一般国道459号
当麻トンネル旧道

2019年12月14日・21日 探索 2020年1月11日 公開

※このレポートでは基本的に2019年12月21日に再撮影した画像を使用しますが、一部に2019年12月8日・12月14日に撮影した画像を使用します。このため、画像の印象が変わることがありますが御了承ください。 また、初回投稿時では12月14日探索としていましたが、再撮影した画像の日付に合わせるため12月14日・21日探索としました。

一般国道459号。この国道の起点は新潟県新潟市中央区明石2丁目の栗の木橋交差点、終点は福島県双葉郡浪江町の知命寺交差点。その総延長は214.7キロに及ぶ、国道49号の補完的な役割を持つ国道である。新潟市の起点から仲良く重複して進んでいた国道49号と阿賀町の津川地区で離れて、その後はひたすら阿賀野川沿いを進んで行くこの道は、途中に和風月名を持つ橋梁・隧道群があって、津川地区から順に睦月橋、如月隧道、弥生隧道、卯月隧道、皐月橋、水無月隧道、文月隧道、葉月隧道、長月橋、神無月隧道、霜月隧道、師走隧道と連続している。これらは普通に通っていると気づきにくいものの、その美しい名前と、そばを流れる阿賀野川の美しい風景にきっと心を奪われることだろう。
阿賀野川も、それまでの国道49号のそばで見せていた顔とは全く違い、渓谷のような美しさを見せてくれる。

今回紹介するのは、この国道459号を阿賀町の津川地区方面から走ってきて和風月名の橋梁・隧道群を抜けた先にある、当麻(たいま)トンネルの旧道である。最初にこの旧道の入口を見た存在感は、他の和風月名の橋梁・隧道群と比較しても遜色のない、非常に魅かれるものだった(←当社比)。
地図を眺めていて偶然見つけた(←こんなのが多いが)この旧道はすぐに行きたいと思ったし、実際にすぐに行って探索してきたのだが、撮影した画像が暗かったりピントがボケていたりして画像として満足できず、結局は三回現地に行ってやっと満足できる画像が撮れたという、私の中では稀な旧道でもある。

実はこの旧道、以前に一度発見していた。今からおよそ9年前の2011年。あの東日本大震災が発生した年の7月、この阿賀町に阿賀野川を原因とする水害が発生した際に、私はこのトンネルの先にある実川島集落でボランティアとして活動していた。
この当麻トンネルが竣功したのは2009年(平成21年)10月だから、私が災害で実川島集落へ向かった際にはこの道は旧道化しているはずで、今思い返してみると、そういえば当麻トンネルを通る際に右側に旧道らしきものがあったことを思い出した。確かに発見してはいるものの、その頃は特に気に留めなかったのだ。それ以来、この旧道のことはすっかり忘れていた。

そして先日、私はウィスキーのロックをチビチビと呑みながら、このサイトではすっかりおなじみの地理院地図で阿賀町日出谷付近の地図を眺めていた時に、ふと「そういえば。あの実川島集落はその後どうなったんだろう?」と思った瞬間、この旧道の存在が目に飛び込んできて、9年前に確かに旧道らしき道があったことを思い出したのである。
それでは、その地理院地図を見てみよう。

国土地理院の電子地形図(タイル)に注釈を追記して掲載

左が津川方面、右が喜多方方面になる。磐越西線の日出谷駅を過ぎた国道459号は、すぐに山を貫いている当麻トンネルに入るが、この当麻トンネルの横を流れる阿賀野川に沿って走る磐越西線に寄り添うかのように走る道が見えるだろうか。地図上に注釈を入れたが、これが当麻トンネルの旧道である。地図上では今でも通れるようになっているが、実際にはしっかり廃道だったということが多い地理院地図(三坂峠がいい例だ)、今回は通れるのだろうか。それに、旧道から少し離れたところには渡船の記号も見えていたりする。ここも出来れば確認してみたい。

今回は、いつか(入口だけ)見た道を辿る探索、そういってもいいかもしれない。しかし、その旧道はまるで私を待ってくれていたかのように、実に素晴らしい旧道らしい風景を見せてくれる道だった。
それでは、磐越西線と阿賀野川に沿って走る旧道へ、これからご案内しよう!。

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