一般国道49号
花立の短い旧道
第4部

2022年5月4日 探索 2023年5月11日 公開

旧き道、新しき道

旧道の存在を教えてくれた擁壁を、角度を変えて眺めてみる。旧道の路盤は現道の造成時に削られただろうから狭くなったかもしれないが、そこから見える風景は今も昔も同じはず。今の擁壁とは高さが違って小ぢんまりとした印象だが、崩れやすい(と思う)この小山を支えているだけあって、背は低いものの「質実剛健」の雰囲気を漂わせていて力強い印象だ。



擁壁の脇を過ぎて花立の集落へ向かう旧道。当時の道は田圃の真ん中を通る畦道のようなところを通っていたようだ。こんな道幅だと、普通車じゃなくて軽自動車がとても似合う。チェンジ後の画像は、振り返って擁壁の方向を見たもので、もしかすると現道時代とは勾配が変わっているかもしれないが、それでもなかなかの急勾配だ。車も今みたいに性能が良いわけじゃなく、急な坂となると喘ぎ喘ぎ上っていたのを覚えている。ここも緩やかな上り坂になっているが、のんびりと上っていた当時の風景が目に浮かんで楽しい。

ところで、この道が改良を受けた1971年(昭和46年)は私の誕生年。物心ついた5~6歳の頃の軽自動車は360㏄で、ナンバープレートも今の黄色じゃなくて白色の小さいナンバープレート(※小板と言われるもの。昭和49年12月までに製造された軽自動車に装着される)が付いていた。

旧道の合流地点を望む。左右に通っているのが現道の49号で、福島県と新潟県を結んで一日に多くの車が通行する幹線の国道だ。旧道を探索していた最中にはほとんど聞こえなかった車の通行する音が、ここに立っていると結構響く。
合流地点の右側には一軒の民家が。合流地点のやや下には花立の集落が見える。短いようで意外と長かったこの旧道の探索も、ここで終わりだ。少し休憩しながら合流地点を眺めてみよう。

目の前に、花立の集落へ降りる道が見える。当時の国道49号はこのように山側と集落を結ぶような道形をしていた。街中を通るだけに道幅を拡げることは出来ず、アップダウンが激しいだけに速度を上げることも出来ず、一次改良の対象になったのだろう。線形を想像するに、集落と山道が代わる代わる訪れる、まるでジェットコースターみたいな国道だったのかもしれない。それはそれで通ってみたかったような気がする。

ふと横を見ると、こんな風景が目の中に飛び込んできた。左隅に見える道が旧道で、正面に見える木々がこんもりした小山を回り込むように道が通っていて、擁壁が造られているというわけだ。こうして見てみると、やっぱり緩やかではあるものの距離が長い勾配が擁壁に向かって続いている。ここで現道がないと仮定して眺めてみると・・・実に長閑な良い道ではないか!。

さて、想像してひとしきり騒いだ後は、車を停めてあるベースの場所まで戻るとしよう。今度は現道をのんびりと歩いていこうか。これだけ現道と旧道が接近していると、現道沿いにも何か構造物があるかもしれない。と思いつつ、ポツポツと歩いていくと・・・

おおっ?!

これは当時ものかっ?!(←当時っていつだよ(笑))
この上は旧道の路盤敷(ここ)で、現道の路肩にあったものだ。右側がコンクリート柱を組み合わせた形の擁壁になっているが、ここは玉石積みのまま残っている。こうした地味に残っている道路構造物は実にいい。見たところ、旧道が開通した当初からのもののように見えるが、現道の脇にあると言うのはいったい・・・?と、「???」となってしまった。

旧道と現道がこれだけ近づいていて、斜面にこのような石垣を見つけてしまうと更に探したくなると言うもの。ベース地点までもっとあるかなぁ?・・・あ、衛星写真も確認しなきゃだな。

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