一般国道352号 旧道
中永隧道 前編

2018年12月24日 探索・2018年12月31日 公開




2018年12月24日のクリスマスイブ。
街中はクリスマスで実に賑やかなのだが、そんな中で私は新潟県三島郡出雲崎町にいた。年末にも関わらず、相変わらず隧道を探索している続きだ。
この隧道は、その日予定していた探索の二つ目の隧道だった。一つ目の探索は既に公開した稲川隧道だったが、この探索で謎が解けてスッキリした後の探索が、この隧道である。
それでは机上調査は後にして、さっそく現地に行ってみよう!

上の画像は中永隧道の入口にある自然歩道の分岐点にある案内板だが、右下に小さく「中永トンネル西口バス停」とあるのに注目である。この旧道にもバスが走っていたことに、少し驚いた。


この日、稲川隧道を探索して謎を解決した私は、その足でこの隧道へ向かった。事前調査である程度調べていて、この隧道への入口は長岡側は閉鎖されているようだと言うことがわかっていた。それもあり、この日は出雲崎側からのアプローチだったが、謎がスッキリ解決してからの探索である。私の足取りは非常に軽かったことは言うまでもない(笑)
では、まずは現地の地図を見てみることにしよう。

国土地理院の電子地形図(タイル)に国道表記・注釈を追記して掲載

現在の国道352号を出雲崎方向から来ると、旧道は左に分岐する。「これでもか」と言うくらいの存在感で左に分岐して山を駆け上がっていくので、すぐにわかるだろう。この入口には遮断機によってバリケードはしてあるものの、それは道幅の片側にしかないため通行することは可能である。また、中永隧道直前で右に分岐する道路(上の案内板の画像で、右に写り込んでいる道路)があるため、完全には封鎖できないのかもしれない。
ここから中永隧道までの道は地図を見て頂けるとお分かりの通り、急な坂道と急カーブが連続する山道であり、いかにも明治車道のような様相を見せるが実際には違う。この話は後編で書くことにして、その山道をひたすら上がっていくと上の案内板の画像がある交差点にたどり着き、ここから何気なく左を見ると…

おぉ~、これか!

思わず声をあげてしまった。こういうところであまり進歩がないのは、どうかご容赦頂きたい(笑)
この画像のように、出雲崎側は完全には封鎖されていないので観察することは出来るが、長岡側は封鎖されているようである。それも含めて(中から)確認するべく、いざ入洞!…の前に、お決まりの外観チェックとしよう。

まずは左右擁壁の観察だ。こんなに立派な擁壁を持っているのに、楽しまないのはもったいない(笑)。
それでは左擁壁から。御覧の通り、擁壁は枯草と苔に覆われているものの見事な石組みで建造されており、苔が生えた現在でも立派な擁壁だったことが伺える。それに、擁壁の上には雪崩防護柵が見える。続いて右側擁壁。

右側も石組みで建造された、非常に貫禄ある擁壁だ。現在の交通量から考えると、道幅や隧道サイズが狭小かも知れない。おそらくは交通のネックになっていたことだろう。この右擁壁の画像にも写っているが、隧道上や左右擁壁の雪崩防止柵に注目である。これはこの隧道が現役当時に、この付近に雪崩が頻繁に発生したことを物語っている。ここまで来る途中の道の細さなどを考えると、豪雪時はここも通行止めになっていたことだろう。そうなると長岡からの交通が途絶えてしまうことになるから、この道の守りと言うのは何物にも優先して行われていたのかも知れない。

いよいよ中永隧道と正対してみる。坑門の左右翼壁はレンガ積みなのだが、扁額を含めた上端の壁(パラペット。胸壁ともいう)がコンクリートで固められている。坑門のアーチは間瀬隧道とよく似ており、やはり中央部の要石(かなめいし)が大きいようだ。
もう少し近づいてみよう。

いいねぇ!

左右擁壁の丸石で積み上げられている擁壁が素晴らしい。年代と貫禄を見せてくれるではないか!。
しかも、ここからもしっかり貫通していることが見て取れる。明るい長岡側坑口が見えるのは非常に嬉しい。あとは水没してなければいいのだが…と一抹の不安がよぎる。扁額を見てみよう。

おや。右よりで書かれており、左が一文字分くらい空いている。なので、何となくバランスが悪いような印象を受ける。要石はやはり大きく、胸壁はコンクリート造りのようだ。
それでは、入洞してみよう。

入ってすぐ、左を見てみる。これは吹き付けコンクリートだろうか。コンクリートが浮いているようには見えないので、素掘りの隧道にコンクリートを後に吹き付けたものだろう。
使われなくなったこの手の隧道に多くあるように水漏れがあり、コンクリートが傷んでいる。すぐに崩落することはなさそうだが、注意は必要だろう。

奥に進んでみる。コンクリートのクラック部分から水が染み出している。路面には石などはなく、崩壊は始まっていないようだ。

中央部付近になると路面も乾燥していて、吹き付けられたコンクリートも白く乾燥している。ところどころに水が染み出しているが、これはメンテナンスを受けていないので仕方ない。ただ、天井に取り付けられた照明器具が落ちている箇所が数カ所見受けられた。そして、更に先に進むと…

ほーら、やっぱりきた!水ですよ!

こりゃあ、かなり汚れてる水だなぁ…。どうする?引き返して長靴に履き替えてくるか?。ここは悩ましいところだが、時計を見ると16時20分。12月ということもあり、日没が近い。一旦引き返して履き替えて戻ってきて、ここから先に進むと言う手間をかけるには微妙な時間だなぁと思いながら、隧道の先に目を凝らすと…

先に見える坑口の光が、なんか変だぞ?

あちゃ~…こりゃダメだ。しっかり封鎖されていて、おそらく(と言うか、確実に)出れない。出口にコンクリートのバリケードを設置したため、それによって隧道内の水が排水できなくなり、水が溜まっているのだろう。それに路面の様子も気になる。何だろう?この凸凹は…。
時間は16時30分に近づこうとしている。日がかなり傾いており、これ以上の滞在は危険と判断した。

という事で、撤収!

…帰りに図書館に寄って、あらかじめ取り寄せておいた「出雲崎町史通史編」を受け取って、机上調査に入ることにしよう。その前に…出雲崎側坑口に出て、最後の一枚。

春になったら、また来るよ。
そう呟いて中永隧道に背を向けると、空から小雪が舞い始めた。

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