一般国道290号
人面トンネル旧道 人面峠
前編 第5部

2020年7月24日 探索 2021年3月18日 公開

傷だらけの探索者

峠を目指して進んで行く。感覚からすると峠は近いんじゃないかと思うが、空は明るくなってきているものの周りの草の背が高くて非常に歩きにくくなってきた。さっきの鉄道の旧線跡のような雰囲気は多少残ってはいるものの、自然に還る途中といった雰囲気だ。
それでも切通しの道形は判別することが出来るので、まだ道に迷うことはなさそうだ。

う~みゅ…

どうやら、ここからがこの峠の本領発揮らしい。ものすごくヤブが深くなってきた。そろそろバトルアックス(←ナタ(笑))の出番かと思ったが、まだもう少し頑張ってみよう。それでも「通れるものなら通ってみな」と言う声がどこからか聞こえてきそうだが、ホントに声が聞こえてくるとなると、それはあまり気持ちのいいものではないので、考えるのはやめておいた(笑)。

さっきより更に深くなったヤブを両手で草を掻き分けつつ進む。いや~凄いヤブだ。ここまで来ると通行する者はいないらしく、足跡踏み跡は一切ない。今回のカメラは防滴対応のNikonのD300を使用しているので、木々や葉を濡らしている水滴は安心だ(とは言え、濡れないようにカバーはつけているが)。ヤブを掻き分けつつ、足元に気を付けつつ、周りの気配に気を配りつつ(プーさん対策)、ガサゴソと進んでいく。

うええぇ…

ちょっと待てぃ!なんじゃこのヤブは!。先に進めないじゃないか!。大体、足元も見えないような状態で、どうやって進めばいいのだ!。…ここで私は退却を考えた。少し立ち止まって、あたりを観察してみる(観察してもこの様子で草ばっかりなのだが)。この状況をよく見ると、このヤブの中央部分だけ少し草の背が低くなっている。これが道の名残なのかもしれない。もう少し進んでみよう。

おお!道形が見える!

やはり見通しは誤っていなかったか!。どうやら、人面峠はまだ私を見捨てた訳ではなかったようだ。左右の林の木々に対して中央部分の草木が低い。これは峠の切通しの区間じゃないか!。間違えることなく、私は人面峠に到達しようとしている!。…ヤブだらけだけどね。

雨ニモマケズ。これは宮澤賢治の、その名の通り「雨ニモマケズ」の一節だが、この後に続く言葉はこの状況下だと「ヤブニモマケズ」だろうか(←ちがう)。
本来の一節は「雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ慾ハナク…」だ。欲ハナク…?。いや、この深いヤブに覆われて今は誰も通ることがないであろう人面峠に、私は到達してみせるっ!。その一念で進んでいた。

ところで私のこの時の装備はと言うと、さっきも少し触れたがヘルメット、長袖長ズボン、皮の手袋に長靴など、完全防備の出で立ちで臨んだこの人面峠、さっきからなぜか右手の前腕が痛い。衣服の袖の前腕の部分が何かで裂けて切り傷となり、そこから多少出血していた。傷の深さは大したことはないが、感染の危険を考えて背中のリュックから水を取り出して傷口を洗い流し、ガーゼで覆ってポアテープで止め、三角巾で包帯しておく応急手当を手早く行った(赤十字救急法の指導員だからね)。さぁ、進もう!。

人面峠

さっきから画像が緑一色で申し訳ないが、これも事実なのでこのまま進めることにする。傷の手当を行ってから少し進むと、幾分ヤブが落ち着いた場所に出た。ここなどは左右がヤブに囲まれているものの、下草が低いせいか峠の雰囲気を十分に確認することが出来る。左右の切通しに、決して広くはないが車が対面で通行できるギリギリの広さ。

人面トンネルは竣功するまでは、ここが国道290号の人面峠であり、冬季通行止めになるほどの雪深い峠道だったのだ。…となると、ここを通っていた人面の集落の方々は、冬はどのような生活を送っていたのだろうかと、つい想いを馳せる。ここまで雪深い山中の集落だ。車などはなく徒歩で近くの集落と行き来していたであろうことを思うと、特に冬は相当苦労されたであろうことは想像に難しくない。この人面と言う集落を守ってきた先人達の苦労に、自然に頭が下がる想いだ。
その道中、峠を見守ってくれていたのが、あのお地蔵様だったとしたら…。何が何でもこの探索を成功させないといけないだろう。私は今、その人面集落にとって大切な道だったこの峠を、人面トンネルの旧道として今の姿を記録しようとしているものの…現実は呆れるほどの大量のヤブに囲まれて、藻掻いている。その瞬間、なぜか私は直感的にこう思った。

…冗談じゃない。

負けてたまるか。

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