一般国道7号
明月橋旧橋 第1部

2020年1月26日 探索 2020年2月8日 公開

蕗の薹と旧橋

突然だが、私は数多くある春の山菜の中でも、蕗の薹(ふきのとう)が大好きだ。蕗の薹味噌にしてもいいし、定番の天ぷらも苦みのパンチが効いて美味い。灰汁抜きして水切りしたらシンプルにオリーブオイルと塩で頂くのも美味で、これに合わせるお酒は辛口の日本酒もスッキリして合うのだが、意外なのは白ワインだろうか。これと組み合わせた日には、簡単にボトル一本空けてしまう。

閑話休題。
今回のレポートは、そんな春の味覚の代表選手でもある、蕗の薹を採取に行ったときのお話。
今年(2020年)は記録的な暖冬で、1月も終わりと言うのに新潟県でも全く雪が降らずにいた。「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」とは、新潟県南魚沼郡湯沢町を舞台に繰り広げられる川端康成の有名な小説「雪国」の一節だが、今年は「トンネルを抜けても、そこは雪国じゃなかった」と言えるほど少雪なのである。それも影響しているのか、例年だと道脇の斜面などにあったりする蕗の薹が、今年はほとんど見かけることが出来ない。いろいろ用事が重なってようやく出かけることが出来たこの日も、お目当ての蕗の薹は見かけることが出来ず、日没も近くなったため帰路について、少し走ったところで気分転換しようと道路左にあった小さな駐車帯に車を止めて、降りて辺りを見回してみると…

おや?脇道だ
しかも電柱が走っている

旧道を探していくときには、こういった電柱も場合によっては一つの目安になる。電線はかなり以前から引かれているところが多くあり、そうした場合はその時代の幹線道路に沿って引かれていることが多い。つまり、この場合は一見すると脇道のように見えるこの道が、元の国道7号と言う可能性だってあるのだ。勿論、これに当てはまらない場合もあるので、一概に全部が「そう」とは言えないのだが。
今回も、この道が旧道であることを疑って、この脇道を少し進んでみると…

おや?先に見え隠れするあれは、
もしかして?!

左に見える細い道がカーブしながら、その見え隠れする何かへ進んでいく。降りていく道幅の広さは軽自動車一台分の幅ほどしかなく、とてもここが以前の国道7号とは思えない広さだが、よくよく考えればこの先にある大毎峠や蒲萄峠も似たような道幅なので、不思議ではない。それにしても、いい感じのカーブで進んでいくじゃないか、この道。ポツポツを歩いていくと…

のんびり坂を下りる途中でふと右を見てみると、現道の明月橋が見える。この辺、詳しくは机上調査に譲るが、現道の明月橋は三代目の橋だ。初代はこれから出会う橋、現道の明月橋は三代目、じゃあ二代目はどこに架かっていたんだろう?。この辺で脇道に逸れて調べてみたいところだが、今は初代の橋が先だ。さて、どんな橋だろうな~。左側にちらちらと見えているが、なるべく見ないようにして進んでいく。

おっ!見えてきた!

現道の高さからはだいぶ下がって、すぐ目の前に橋が見えてくる。なんと!貫禄のあるいい橋じゃないか。結構傷んでいるが、まだまだ現役で人を通しているように見える。車はどうだろうか…でも、意外としっかりしているように見える。こうなると、蕗の薹のことはどこかに飛んでいっており、今はただ目の前の橋を追いかけるのみだ。

古豪の橋

さぁ、いよいよご対面だ!。親柱や欄干を始めとした橋の構造自体は、ここから見える限りでは問題なさそうに見えるが…それを判断するのは橋の下を観察してからだろう。橋自体の雰囲気としては国道113号の、あの辯當澤橋にも通じるものを感じた。もしかすると同年代の竣功かもしれない。親柱にはきっと銘板が埋め込んであるだろうが…右側の親柱は結構傷んでいたりして、ここから見る限りではなんとな~く銘板が失われているような気がするが…ま、論より証拠。早速調査に取り掛かろう!。

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