一般国道351号旧道
榎峠・比礼隧道

2019年5月2日 探索

一般国道351号は新潟県長岡市(旧栃尾市)を起点に、長岡市の中心部や越路地区(旧越路町)を抜けて新潟県小千谷市に至る、総延長43.8キロの一般国道である。
今回紹介するのは、長岡市(旧栃尾市)比礼地区と長岡市麻生田地区の間にある、榎峠・比礼隧道を含む一般国道351号の旧道区間である。現在は新榎(しんえのき)トンネルで一気に貫いているこの区間の旧道はもともと幅員が非常に狭く、急勾配・急カーブが連続する道であった。
また東山連峰を抜けるために高度も非常に高いところを通過しており、おまけに豪雪地帯でもあることから、栃尾市と長岡市を結ぶ重要な道であるにも関わらず、冬は積雪のため通行できないという事態になっていた。

これを解消するべく1972年(昭和47年)度に計画されたのが現道の新榎トンネルで、新潟県のWEBからの情報によると、全長2293.5メートル、幅員8.5メートルで、1976年(昭和51年)に栃尾側、翌1977年(昭和52年)には長岡側より着工、1988年(昭和63年)に完成とある。実に工期は13年。超膨張性地盤(掘った坑道が地圧で変形してしまうくらいだから、かなりのものである)と東山油田の鉱区内を掘削することから、大変な難工事の末に竣功したようだ。

この国道351号は1975年(昭和50年)4月1日に一般県道・そのほかの道路から国道指定されているので、国道指定された直後から工事が始まったことになる。だが、こういった計画は通常なら2~3年前から計画されるものなので、おそらくは県道時代から改良工事が計画されていたのだろう。つまり、相当な難所だったと言うことだ。急勾配・急カーブ・幅員狭小の三拍子が揃ったこの榎峠と、その頂上にある比礼隧道がどんな顔を見せてくれるのか、事前調査の段階から非常に楽しみだった。

また、この手の隧道にはありがちな心霊云々に関しては御多分に漏れず、この旧道区間にある比礼隧道も心霊スポットになっているらしいが、相変わらず(こう見えても結構その方面の力は強いのだが)私は何も感じずに存分に探索してきた。ただ、この隧道ならでは?の非常に面白い現象に遭遇してきたので、それは本編で紹介することにしよう。

この旧道区間は新榎トンネル開通後は国道指定から外れ、現在は長岡市道となっている。
今回の探索は車と自転車を使用した。探索対象の全長が非常に長く、おまけに急勾配であることなどから基本の移動は車とし、スポット的に自転車を下ろして、または徒歩で探索するスタイルとした。また、探索は長岡市側を起点とし、そこから旧栃尾市側へと足を進めた。

これは比礼隧道の栃尾側坑口の画像である。いかがだろう?。新緑があふれる切通しの中央に佇む、なんとも雰囲気の良い隧道ではないか。実に美しい。
この隧道を正面にして、しばし立ち尽くしてしまったくらいである。また、この隧道は廃隧道ではなく、今も長岡市の手でしっかりと管理されているので、通行に特段の不安はない(びっくりする要素はあるが、そのヒントはこの画像の中に隠されている)。また、途中の峠道に関しても、ちゃんと管理が行き届いている道であった。
ただ、「これが本当に国道だったのかなぁ?」と疑問を持つ場面は、長岡側で満載だったが。

さぁ、それでは現地へ向かうとしよう!

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