一般国道351号旧道
榎峠・比礼隧道
末端部再調査編
前編

2019年9月16日 探索・2019年11月20日 公開

さて、ここからは現地調査である。上の画像は、私が最初に書いた「神社の前の道の妙な膨らみ」の地点だ。右側の路肩に赤い屋根をした小さい櫓らしきものが見えるが、これはここから湧き水が採取できるようになっていて、それを風雨から守っているものだ。その湧き水は、赤い櫓から右手手前に山側に入る参道を上がっていくと辿り着く、神社の境内から湧き出しているのだそうな。私が気になった道の「妙な膨らみ」とは、ここから見える右側の参道の下の部分の道幅が広くなっている部分である。で、この位置から直進すると現道に突き当たるが、旧道はここから左に曲がっていた。ここから見ると左に入っていく道が見えるが、これが旧道と想定している道である。それでは、進んでみよう!。

先ほどの神社の前から左に曲がって、旧道と思われる道を望む。…う~ん、どう見ても集落の中の一本道なんだが…。でも、地図は確かにこの道を示しているので、たぶん間違いないだろう。ま、よくあることだ。進んでみることにしよう。ところで、当日はなかなか天候が悪く、少し小雨が降る天候だった。この探索の時間帯は幸いにも雨が小降りになったので、この際に少しでも先に進むことにする。

少し進むと分かれ道に出た。旧道は直進のはずで、右に進む道は市道か林道だろう。あたりは非常に長閑と言うか、うら寂しくもある雰囲気で、周りに点在する畑の中を進む一本道になっており、ここが国道だったとはにわかに信じがたいものがあるかもしれないが…事実はこんなもんである(笑)。それよりも、ここが長岡と栃尾を結ぶ重要な国道351号として機能していたことが驚きだ。新榎トンネルを作りたくなるのも、何となくわかる気がする。

先へ進むと、このような非常に雰囲気のあるカーブに差し掛かる。道自体は上り坂で緩やかに右カーブ、今まで多くの道で見てきた旧道ならではの、そこを通っていた人たちが今でも見えるような、非常にいい感じの道じゃないか。この辺の道の雰囲気は、比礼隧道付近の印象と重なるような気がする。空は相変わらず灰色をしているが、幸いに雨は上がってきた。これは非常に助かる。先に見える右カーブを過ぎると…

いいでないの!

余計な音が聞こえない、周りの空間に響くのは雨上がりを告げる小鳥のさえずりと、林を吹き抜ける風が紡ぐ風の音だけ。旧道の峠には絶好のスパイスのはずだが、プーさんが大活躍している今年の山の事情では、今一つ喜べなかったりする。常にプーさんの影に注意が必要だ。先へ進んだ奥に見えるのは、もしかして隧道か?とも思ったが、落ち着いて見てみると違った。残念!。

この辺まで来ると、旧道の雰囲気が満載である。右の山側の壁は一見すると石垣のように見えるが、そうではない。普通の土の地肌である。その上に苔が生えて、このような壁になった。また、右の山側の斜面と左の谷川の斜面の角度はよく見ると連続していて、これはここに道を作る際に山の斜面を道幅だけ削り取って作ったからだろう。この道が造られたのは明治時代。大がかりな工事であったことは想像に難しくない。

先へ進むと右カーブ。路面には何やら地下に埋設してある跡が見られ、この道が今でも立派に機能していることがわかる。辺りは杉林でなく、針葉樹や広葉樹が形成する深い森になっており非常に清々しく、この辺で少し小休止した。そういえば、この探索の前に実は比礼隧道まで行ったのだが、その途中の路上でリスと出会った。カメラを取り出す間に森に入ってしまったが、自然のリスとにらめっこしたのは初めてで貴重な経験をしたのだが、その周囲の森もこのような森だった。今年の秋はブナやミズナラ、コナラなどの木の実が不作と聞く。リスたちも冬に備えて食料は集められているだろうか。

おおっ!切り通し!

ここに来て、一気にテンションが上がるのを自分でも感じた。この切り通しのお手本のような切り通し!(←わかりにくい)。切り通しでこんなに感激したのは、蒲萄峠以来である。しかも、道幅狭し!。この道幅の狭さを見ると、ここが国道であったとはにわかに信じがたいが…。切り通しの道の先にはアンテナが見える。このアンテナが旧道区間のちょうど中間点で、旧道はこの先まだまだ続くのだが、私はこの切り通しから暫く動くことが出来なかった。

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