オールドレンズ物語 Nikkor-H Auto 2.8cm F3.5

広角単焦点レンズの基礎となったレンズ

オールドレンズ物語
Nikkor-H Auto 2.8cm F3.5

2019年2月18日 公開
2020年2月25日 加筆修正

カメラのお話。ここまで長い時間がかかったが、いよいよこのレンズのお話である。
とは言え、一眼レフカメラに接した方でないと話がわかりにくいと思うので、ここでは難しいことは抜きにして、わかりやすくこのレンズの素晴らしさをお伝えしたいと思う。

NikonのFマウント

このレンズの発売は、1960年(昭和35年)3月。
その当時は、35ミリフィルムカメラの「Nikon F」が発売になった翌年で、今のように一眼レフが認知される以前の時代の話。この「Nikon F」はその流れが現在のデジタル一眼レフまで続く、ニコンの基礎になったカメラなのだが、そこに発売されたこのレンズは当時としては高性能なレンズであったばかりではなく、一眼レフが今のように認知されるきっかけとなったレンズでもある。それにはある理由があるのだが、それは少し後にお話ししよう。まずはマウントのお話。

今でも続くNikonの一眼レフのFマウント。まずはマウントと言うのは何ぞや?ということからお話することにしよう。マウントとは一眼レフのカメラ本体とレンズが接合する部分のことで、一見すると他社製も同じように見えたりするが、実はその口径やカメラとレンズがデータをやり取りするピン接点など、微妙に違っていたりする。ニコンのデジタル一眼レフカメラのマウントの名称である「Fマウント」は、実はこの「Nikon F」から始まっている。(注…ニコンのミラーレス一眼レフのマウントはZマウントと言う。このZマウントは、それまでのFマウントとはバックフォーカスが違うので、共用は出来ない)

この「Nikon F」が発売されたのが1959年。Fマウントは60年の間、基本構造は全く同じであるが故に、オールドレンズと呼ばれる古いレンズでも、モノによっては現在のカメラでも使えてしまうと言う、奇跡と言ってもいいことが起きていたりする。これはある意味では古くからのユーザーを大事にしているということでもあり、ある意味では変わることが出来ないというマイナスの意味でもある。しかし、大切にしていたレンズが今のカメラでも使えるということは、ユーザーにとっては非常に嬉しいことだと思う。
次はこのレンズ本体のお話に入ろう。

偉大なレンズ

ここからはレンズ本体のお話。
カメラのレンズは複数のレンズが使われている。これはご存知と思う。この複数のレンズは前群と後群に分かれており、そのいずれも凸レンズと凹レンズの組み合わせで構成されているのだが、このNikkor-H Auto 2.8cm F3.5が採用した後群の凸凹凸凸のレンズ構成は、それまで非常に困難とされていた一眼レフ用の焦点距離24mm以下の広角レンズや大口径広角レンズの設計に、一つの道を切り拓くことになった。
その証拠に、この後に発売されたニコンの広角レンズのすべてにこのNikkor-H Auto 2.8cm F3.5が採用した後群の凸凹凸凸のレンズ構成が含まれているし、ニコンのレンズだけではなく他メーカーのレンズにも、このレンズと同じ構成を採用したものは非常に多い。一眼レフの単焦点レンズの基礎となったこのNikkor-H Auto 2.8cm F3.5、その外見は非常に小さく可愛らしいが、実は偉大なレンズなのだ。(参考資料…ニッコール千夜一夜物語「第十二夜 NIKKOR-H Auto 2.8cm F3.5」

ちなみに私が持っているこのレンズは、先に紹介した私が保有するカメラであるD3300D90ではマニュアルフォーカスで使用することが出来る。カメラに興味を持って老眼が進んだことから、半ば衝動的にD3300を買ってしまい、まずはシャッターを切りまくろう(もちろん構図などを考えながらの話だけど)と思って撮影している中で、勉強のために諸先輩方のサイトを見まくっていた中にオールドレンズの話を見つけた。
それを読んでいくと、今のレンズと写りが全然違うという話で、それをぜひ体験してみたくなった(写してみたくなった)ことが、このレンズと出会うきっかけだった。

じゃあ、そのオールドレンズはどこにある?ということで、某中古サイトを眺めていたところ、なんとも雰囲気の良いレンズを見つけた。とは言え、カメラに関しては始めたばかりの「ド」が付くほどの素人。ネットで見つけたレンズが果たして自分のカメラにつくのだろうか?と非常に心配だったが、このレンズは「AI改造済」との表記があった。詳しい話はさておき、この改造がされてると現代のカメラでも使えると言う話をあちこちで見つけたのだ。心配はなくなった。こうして、このレンズは私の手元に来ることになった。

いいでしょう?

購入したレンズは「Nikon」ではなく「Nippon kogaku」となっていた。これはニコンの旧社名で、製品の記述がいつから変わったのかはわからないが、この表記は非常に気に入っている。また、画像では前玉に若干の曇りがあるように見えるが、これは撮影時の光の加減と、温度差による曇りの為にこう見えたのであって、実物には曇りやカビ、ホコリの類は一切ない、非常にいいレンズだった。
このレンズは外見こそ非常に小さいが、もたらした功績は先ほど書いた通り、一眼レフにとっても、そして私にとっても非常に大きいと言ってもいい。また、このレンズの描写についてはオールドレンズでありながら、現在のレンズと比較しても(そもそもわからないが、何となく)カッチリしてキッチリした写りをする。私のような、いわゆる「ド素人」にもわかるほどの写りの違いがあるとは、いかにこのレンズの完成度が高かったかと言うことがわかる。

カメラを趣味とする方々の中には「記録のニコン、人物のキヤノン」と言う言葉があると聞く。
Nikonのレンズ「ニッコールレンズ」は、現在でもシャープでカチッとしたコントラストと言うイメージがあるようだが、まさしくこのレンズが記録そのものの写りをする。以下の画像は、このレンズで撮影した画像である。
撮影場所は新潟県加茂市冬鳥越にある、冬鳥越スキーガーデン内にある蒲原鉄道保存地である。

今回の撮影車両である。この黄色い車両の後ろに、更に古い車両が1両隠れていて、ここには電車2両と機関車1両が保存されている。この車両は、蒲原鉄道の冬鳥越駅があった冬鳥越スキーガーデン内に状態もよく保存されている車両で、レールもちゃんとあって現役当時の姿がよく保存されており、車両の右側に車内に入れる階段が付いている。さっそく車内に入ってみることにするが、まずはその前に撮影。この車両は車体のオレンジと茶色のコントラストが非常に美しい。この車両が走っている風景を見たかった。

ちょっと暗めにして、この当時の鉄道車両に見られる「ダブルルーフ」を撮影してみた。天井のつり革の部分に段差があり、明り取りのような細長い窓が見えるのがお分かりだろうか。これをダブルルーフと言う。明治期の木造車両に見られる特徴でもあり、当時の雰囲気を今によく残している。車内の照明は白熱灯だったはずで、夜間になると走っている車両のダブルルーフの部分から、車内の白熱灯のあかりが漏れていたはずだ。蒲原鉄道で走っていたこの車両が現役で走っていたころに思いを馳せると、非常に雰囲気のある風景だったことだろう。
その趣あるダブルルーフを撮影したが、これだけ暗くてもカッチリとしたコントラストで描写しているこのレンズに、正直驚いた。

趣のある車内を撮影してみた。床が木造であるところに注目。
モケット地のロングシートは後の時期に更新されているようだが、そのほかはおそらく当時のままだろう。また、現在の車両のように運転席と客室が壁で仕切られておらず、仕切っているのは簡素なチェーンのみ。今と違って乗務員と乗客の間が近かったとも言えるし、それだけのんびりしていた時代だったのだろう。
今の車両のように座席下に暖房器具はなくドンガラになっているが、その座席を支える足にはきちんと装飾が施されていて、しっかりと作り込まれている。また、シートエンドの板も非常に滑らな曲線で、当時を偲ばせる。それらを撮影したのがこの画像だが、このレンズらしく隅々までキッチリとした写りだ。この画像もD3300で撮影した。

同じ光景を今度は縦長で撮影してみる。機材は同じくD3300。横長の画像の写りとはまた違って、床の木板のこすれ具合がよく見える。この辺の描写力も、このレンズならではのものだと思う。床にある四角い枠の部分は電動機の点検口であり、ここから床下の電動機(モーター)の点検をしていた。
コアな話になるが、この時代の駆動方式は吊り掛け駆動のはずで、床板が木板であることからも、走行時にはこの方式ならではの特徴的な音を響かせていたことだろう。

オールドレンズは今のデジタル一眼レフに装着するとマニュアルモードになるため、最初は露出やシャッタースピードを決めるのに非常に苦労するが、慣れてくるとそれは気にならなくなり、むしろ画像の表現として一気に自由度が増してくるので多少露出アンダー気味にしてみたり、絞って背後をボカシてみたりすることが出来る。こうなると撮影が楽しくなってくる。
そして、それに完全に慣れてしまうと、瞬間的に露出やシャッタースピード、感度の数値までも変えて撮影する域に達すると言うことなのだが、残念ながら私はまだそこまで達していない。カメラを始めたからにはそこまで到達したいと奮闘している最中である。でも、道のりは非常に遠そうだ(^^;

このレンズは中に埃やカビ、曇りもなく、今から考えると非常にいい状態で入手したので、いつかこのレンズの性能を存分に発揮出来るだけの技術を身に着けて撮影できるようになりたいと思っている。
そうなったら旧道や隧道も、もっと美しく撮影できるかなぁ。


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完結。

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