山形県一般県道349号
鶴岡村上線旧道 大鳥隧道
第2部「旧き道の痕跡」
2023年10月14日 探索 2024年5月9日 公開
旧き道の痕跡

谷を渡る橋を越えて下草を掻き分けながら先に進んでいくと、現れました!。これが三姉妹隧道の長女で、この一連の探索の大トリ、大鳥隧道か!(←もういい)。しかもここだけフェンスがないじゃないか!。いかん、これは気持ちが逸るぞ!。
だが、こんな時だからこそ落ち着いて。一気に突っ込んで行かないで、今渡っている橋に気を付けて進まないといけない。しかもこの橋、こういった廃道の橋にありがちな「高欄がない」ので、歩きながら気づかないうちに端っこに寄ってしまうと、足元狂って谷に落ちたらシャレにならない。そうでなくても、もしかしたら橋の路面に穴開いてるかもしれないし、ねぇ。

あれやこれやと、いろいろ考えながら歩いていると坑口に到着だ。ポータル(隧道の正面全体)を見上げてみると、ツタが垂れ下がって見えにくくなっているものの、まだ銘板が埋め込まれて残っていた。そこには、右頭で「大鳥隧道」と刻まれている。コンクリートで覆われたポータルは風化による荒れが見られる。この隧道が開通当初からこんな姿だったのか、後世に改修されたものかはわからないが、三姉妹の中で一番最初に開通した隧道だけに、その貫禄は十分。久しぶりにこんな立派な隧道に出会ったような気がする。

隧道の中を覗き込んでみる。綺麗な巻き立てが目立つ。現在のトンネルのように現場打ちのコンクリートではなく、とはいえ吹付のコンクリートでもない。これはコンクリートのパネルを張り合わせたものだろうか。実に美しいと思うのは、私だけだろうか。坑道の右側には、何やら電線が通っているが…ここまでくる旧道の途中には、電線らしきものはなかったはずだが…きっと何かまだ通っていて、人や車は通らなくなって地図から抹消されて廃道になったけど、今もこんなに綺麗な状態で残されているのかもしれない。

暗闇の中を覗き込んでみると、遥か先に光が見える。どうやら貫通はしているようだ。だが…路面に光が乱反射しているのも見える。こういった反射の仕方をするときには間違いない。隧道内部が、その深さこそわからないが水没しているようだ。
ふむ…長靴は着用しているが、暗闇の遥か先に光が見えていると言うことは、そこまで行ってから中に入っても遅くはないか。どのみち、この大鳥隧道の反対側の出口は現道の大鳥トンネルの坑口の脇にあることはわかっている。では、そちらに先に行ってみようか。

そうと決まれば、この場からまずは撤収。この切り替わりの早さも時には必要なんだろうと思うけど、私の場合は早すぎると我ながら思う。いくつか探索を重ねてきたけど、こんなところはやっぱりまだチキンなんだろうな。ところで、左側になんだか程よく焦げた看板があるが、これ確認したけど何かは不明だった。たぶん「速度落せ」とか「トンネル内注意」とかの看板じゃないかと思うんだけど…

帰り道、道端の草むらの中に石碑を見つける。仲良く二つ並んであったが、小さい方は何か文字が刻まれていたものの風化して読めず。右側の大きい方は確か馬頭観音だったと思うのだが、この石碑を撮影した画像がエラーでなぜか撮影されていなかった(ちなみにカメラの故障かと正直青ざめたが、この後の画像はちゃんと撮影されていた)。
ま、プライバシーだから撮影されたくなかったんだろう、と思うことにしておいた。
ところで、大針洞門の時にも、慰霊碑の脇に確か馬頭観音があったような気がする。大針洞門と、この大鳥隧道は道としても繋がっているから、この道全体が古くは街道だったようだ。それは朝日連峰を越えて新潟県の村上まで通じていたのか、それともこの先の大鳥集落のあたりまでだったのかはわからないが、馬頭観音があると言うことは、そこに荷馬車が通っていたと言うことだから、何らかの荷馬車が通っていたことになる。となると、この大鳥隧道も現在の隧道の姿ではなく、それこそ手掘りの時代があったのかもしれない、と言う気がしてきた。この道、机上調査には少し時間がかかりそうだが、掘り下げてみる必要がありそうだ。
次回、旧き道の痕跡を探しながら、
反対側の坑口に行ってその姿を堪能することにしよう!