新潟県主要地方道17号
新潟村松三川線旧道
高石第一隧道・高石第二隧道
第3部
2019年3月25日 探索・2019年4月26日 公開
前回の最後の画像を、もう一度見て頂きたい。
コンクリートで巻き立てが行われた隧道の先に見える、村松側坑口。
だが画像をよく見ると、路面と思しき部分に何やら怪しげな突起が見えないだろうか?
ここはコンクリートで巻き立てられているものの、湧水によってコンクリートが腐食し、水が染み出てきている。その腐食でコンクリートの表面がポロポロと落ちてきていて、それが路面に散乱している。
せめて私が通り抜けるまでは崩れるなよ(もっとも、ここで崩れてくると私も一巻の終わりなのだけど)と願いつつ、先へ進んでいくと…
横穴の工事中?
いやいや、この期に及んでそんなことはない。ここから横穴だと、川に直結してしまうではないか。となると、これはもしかして…?と一瞬悪い予感が頭をよぎる。まずはこの土砂の現状を確認することにして、もう少し近づいて見ると…
おぅ…こりゃひどい
コンクリートが吹き付けられた、元は素掘りであったであろう左側壁に2カ所の穴が開いて土砂が流れ込んでいる。右側壁にも1カ所大きい亀裂が入っていて、左側壁のように崩れるのは時間の問題だろう。おまけに天井にも穴が開いていて、そこから隧道内部に土砂が流入してきている。
近づいて撮影してみた。真ん中の黒い影は私の頭の影である。こうしてみると、結構な量の土砂が隧道内部に進入してきている。今は左側壁、上部からの土砂でこれだけの量だが、これに右側壁の土砂が入ってくることを考えると…この隧道はそう遠くない未来に、圧壊するかもしれない。
角度を変えて撮影してみた。先ほどより崩落の具合がよくわかると思う。これを見てみると、この崩落はコンクリートの巻き立ての間際から起きていることがわかる。どういう理由があって崩落が始まったのかわからないが、これは現在進行形で進んでいるものと見た。高石側坑口から村松側坑口を見た時に、路面の部分が変に見えたのは、この崩れ落ちた土砂のせいだったのだ。
ここは長居はしない方が良いだろう。村松側坑口が向こうに見えているが、水没していることはわかっているし、ここから引き返すことにしよう。
これは崩落現場から引き返す際に、高石側出口を見た画像である。こうしてみると、巻き立てられた坑道部分も等間隔に線が入っていることがわかる。これはもしかして内部に入っている鉄骨の間隔だろうか?。路面の端には側溝があって、湧水が流れるようにはなっているが…今は用をなしていない。
高石側坑口から出た直後を撮影してみた。この道が現役だった頃には、こんないい景色のところを走っていたのだ。現道から見る景色もいいと思うが、私はこちらの方が好きだ。なんでだろう。う~ん、もしかしてこのロックシェッドのせいかな?
出たところで振り返って、ロックシェッドそのものを撮影。こうしてみても村松側坑門は今はハッキリと見えるが、これがいつまで見れることか…しかし、このロックシェッドもなかなか頑丈に出来ている。それに、そう古くないだろうな、これ。
更に離れて遠景。桟橋とでも言うのが一番当てはまっているだろうか。そのくらい短い、沢を渡る橋。この辺はきっと夏は草や木々に溺れてしまって、ここまで到達するのも一苦労だろうが、私はここまで難なく来た。やっぱりこの辺りも5月に入ってしまうと草が伸び始めて、探索は難しいのだろうな。
さ、あとはこの風景に隠れた高石第一隧道の姿を探すまでだ。…と、ここまではこう思ったが、あきれるほどに資料がない。これはおかしい。高石第一隧道はどこに存在していたんだろう?。この付近にはそれらしき跡はない。それにここは地形的に考えても隧道があったような場所じゃない。だが…ま、詳しいことはともかく、今は崩壊しつつある高石第二隧道の姿を目に焼き付けておこう。もうすぐ見れなくなるかも知れないのだから。
そうだ。皆さんは高石第二隧道に向かう際に最初に渡った橋を覚えているだろうか?。この橋である。
戻る際に、改めてこの橋を詳しく調べてみた。すると・・・
そうか、この橋は「中沢橋」だったのか!。一つ疑問が解決した。
さて、次は高石第一隧道を探そう!
…しかし、高石第一隧道よ。
お前はいったいどこにあったんだ?