一般国道112号
大網橋旧橋

2025年5月5日 探索 2025年7月16日 公開

山形県鶴岡市。今年(2015年)のこどもの日、私は月山(がっさん)の近くにいた。ここは月山ダムの入口の近くで、目の前に見える大網橋を渡ってすぐに右に折れてそのまま行くと、ダム湖にたどり着くことが出来る。

時間にして、今は16時を少し回ったところだったろうか。今日は平地では5月にしては暖かい日だったが、ここ月山までくると標高も高くなってくるのと、もうすぐ夕暮れの時間と言うことで、多少涼しくなってきたころだ。そんな時間に、私がここにいるのには理由がある。
実はこの大網橋の手前右側から川沿いに分岐している道があり、それがいかにも「廃道」と言う雰囲気の道を、偶然にも見つけてしまったからだった。今日は一人ではなかった私は、その廃道にいきなり突入することはせず、少し入って状況を確かめるだけにして、本格的な探索は後日行うこととし、その状況確認から出てきたところで撮影したのが、この画像なのだ。

この時、車は分岐点の反対側にある広い敷地のレストランらしき施設の駐車場に停めていた(実はその敷地の端っこにもレストランらしき建物の廃墟があり、それにも目を惹かれたのだが)。と言うことで確認が終わり、さて時間も時間だし帰るかと車に乗り込もうとしたところで、とんでもないものを目にする!。

おおおっ!

多分こんな感じのことを言っていたと思う。山の中ならともかく、夕刻で人影もまばらになってきているものの、ツーリング中のライダーと思しき方々も多数いた。そこでこんなことを叫んでしまったのだから、注目を集めることになったのは言うまでもない。
見つけたとたん、血圧が上がる。私は幸いにもまだ高血圧ではないが、境界型ではあるらしい。気を付けないといけない(←そんなことはどうでもいい)。
私の血圧の話は置いといて、ここに橋が隠れていようとは、まさか思わなかった。
こんなものを見せられては、行かないわけにはいかない!。橋の袂に向かおう。

右に見える赤い橋脚の橋が現在の大網橋。…とすると、この橋は旧大網橋か?。…いやいや、橋名が違うことも十分に考えられる。思い込みは禁物、親柱を確認することにしよう。銘板が残っているといいが。
橋の袂に立つと、橋は一段低い地面から始まっている。この駐車場が出来た時か、旧道化した時かはわからないが、嵩上げされているようだ。現道の路盤を見てみると、大網橋に向かってなだらかな上り坂になっている。それがこの旧橋と、右側の現道の大網橋の路面の差になって現れていると見ていいだろう。この斜面を降りると橋にたどり着くことが出来そうで、途中には溝も何もないようだ。行ってみよう。

さほど手間取ることもなく、橋に到達。昭和の中期から後期によく見られる高欄が目を引く。橋の脇の地面からは灌木が生え、通行するにはなかなか邪魔くさいものがあるが、今の時季は葉もないから避けるのは簡単だ。もう少し時期が遅ければ、葉が生い茂り探索も難しかっただろうと思う。右側には現道の大網橋が見えるが、この橋は見たところそんなに古い橋でもないように思える。また、この橋は単なる桁橋ではなく、鉄骨アーチ橋だ。多分、スパンドレルブレースドアーチだと思うのだが…。画像は後ほどご紹介することにしよう。

親柱を見ると、川の名称が見て取れる。「梵字川」…なんだか、どっかで聞いたような名前だなぁと一瞬思ったが、すぐに理由が分かった。以前のレポートで、山形県一般県道349号鶴岡村上線の荒沢隧道を始めとする三姉妹隧道と旧尾浦橋をお届けしたが、この机上調査編はまだレポートとして完成していないものの、調査はまだ継続している。その調査の中でたびたび登場してきていたのが、この川なのだった。まさか、ここで繋がっていようとは…。

もう一本の親柱には「おヽあみはし」とある。いかにも昔の標記の仕方で、こう言った標記の銘板を見るとゾクゾクする。それなりに古い橋である可能性が高いからだ。昭和中期頃かなぁという気がしているが…

橋を通って対岸に渡り、やはり親柱を見てみる。そこには銘板に「昭和三十四年三月」と刻まれていた。今から(2015年現在)66年前の鉄骨アーチ橋なのだった。そして、この橋の正式名称は「大網橋」。そう、現道の橋名「大網橋」と同じで、今、私がいるこの橋が大網橋の旧橋と言うことになる。よくぞ残っていてくれたものだ。偶然とは言え、見つけてよかったと思う。

橋を引き返しながら撮影。左側に見える赤い橋は現道の大網橋だ。傾いた日差しに照らされた現大網橋の赤い塗装が、とてもよく目立つ。旧大網橋の上には、木々のツタが蛇のように畝って何本も見えている。このおかげでやや足元は悪いが、一見すると今でも歩行者用の橋としては十分に耐えられそうな気がするのだが…。歩行者用の橋として使えないか?私がそういう理由がこれだ。

旧大網橋から見た梵字川。大地に鋭く切れ込んでいる梵字川の渓谷は、畏怖を感じさせるほど雄大で、水面までの距離が非常に高いから、もし橋から落ちようものならひとたまりもない。今は5月、新緑がまぶしい季節だが、これが紅葉になるとこれもまた非常に美しいだろう。こうして野ざらしにしておくには、少々もったいない橋のようにも思えるのだが。

橋の袂から少し離れて撮影してみると、旧大網橋のアーチの構造がよくわかる。長い間放置されていたんだろう、鉄骨の表面に錆が浮いているものの、きちんと整備して塗り替えれば、まだまだ橋として十分に使うことが出来そうだ。
こうした渓谷を渡る橋の架橋方法はいろいろあるが、こういったところの橋は、やはりアーチ橋が良く似合うような気がするのは、私だけだろうか。

最後に遠景を撮影した。現在の赤い大網橋、手前の旧大網橋、生まれた年代も違えば、その形式も違う。旧大網橋はスパンドレルブレースドアーチだが、現道の大網橋は単純なスパンドレルアーチのようにも見える。この梵字川の渓谷を越えるために架橋された二つの橋。緑に埋もれながら、代替わりした現橋を見守る旧橋の姿は、いつまで見られるだろうか。国道112号として活躍した橋は、今も梵字川を渡る多くの交通を見守りながら、静かに佇んでいる。

一般国道112号
大網橋旧橋

完結。