新潟県一般県道427号
五十子平真田線

第11部(完結編)
「過去と現在」

2025年7月19日 探索 2025年11月23日 公開

過去と現在

卒塔婆と、異常気象時通行規制の看板がある、実に素敵な(?)交差点。右側の、上を行くのが我らが427号。左側の、下を行くのが528号。同じような似たような道幅の道が分岐しているこの交差点、427号から528号に入るには結構なことになりそうだが、普通車くらいなら何とかこのヘアピンカーブを回れそうだ。もしもここでラリーが行われたなら、ド派手なドリフトでクリアしていくカーブだな。見てみたい気もする。

ん~、やっぱりいいねぇ、この分岐。ここに立ってお茶を飲みながら、しばらく眺めてしまった。しっかり堪能したところで、この探索のゴール地点、国道253号の合流点に向かうとしよう。

分岐点から少し行ったところで振り返ると、こんな案内板が設置されていた。直進すると県道427号で国道353号の松之山、左に行くと県道528号で鉢・中手集落に出て、信濃川河畔に辿りつく。しかし、表示板に県道標記はない。この看板、県道指定前に設置された看板かなぁ。ちなみに、今、私がいるこの地点は県道427号で指定されている(県道528号の起点は、先ほどの分岐点)。

先に進むと、左側の画像の地点に出た(モバイルでは上側)。この県道の終点側(真田側)は、右側の地図(モバイルでは下側)のようになっている。ここは左が薬師(やくし)トンネル、右が名ヶ山(みょうがやま)トンネルの中間の、まるで明り取りのような場所で、その場所にこの県道427号が接続されている。つまり国道253号の上り側と下り側に合流する道が分かれていて、その両方が県道指定されていると言うわけだ。おそらく、この県道が国道253号と国道353号を結ぶ重要な道であることから、こうした造りになっているのだろう。あとは両側がトンネルなので、非常に見通しが悪いと言うこともあると思う。実に面白い。

合流点の付近をウロウロしていると、こんな道を見つける。こりゃあ雰囲気からして、どちらかの旧道だろうか。車を停めてポツポツ歩いてみると、昔の道を歩いているようで実に楽しかった。右側にガードロープの支柱が見えるが、あれが地図で言うと名ヶ山トンネルの坑口の上を通って、松代に向かう側の車線に合流するように作られている県道だ。

これは国道253号の十日町側に向かう車線に合流する県道427号の終点。素直に出入りできるように造られていている。ホントに明り取りのような場所だ。

ここは松代側に合流する合流点。見切れているが、右側に道が出てきていて、ここから左折すると国道253号の松代側の車線から、素直に出入りできるようになっている。

なかなか面白い造りになっている、この県道の合流点。しばらく立ってあれこれ撮影していると、工事関係者に間違われたりすることもしばしば。…そりゃそうだろうなぁ。こんなところの道を撮影しているなんて、普通はしないわなぁ。

明治四十四年測図 昭和六年修正測図 参謀本部発行 五万分の一地形図「松之山」を使用したものである。

合流点に辿り着いたと言うことで、自宅に帰って今度は旧版地形図を見てみた。
やっぱり…私が通ってきた道は林道などではなく、由緒ある道だったようだ。しかも現在の県道の一部は、それぞれ国道253号、国道353号の旧道ではないか。思い返せば、あの峠の碑に刻まれた言葉は出征された方々のことを記していた。と言うことは、その時代から既に存在していたということで、林道もあるかもしれないけど、歴史がある道として考える方が自然だ。
こうして旧版地形図と照らし合わせてみないと、わからないことが結構ある。過去と現在を繋ぐ役割をも果たしている道路。しかも廃道になっても、道路だった痕跡はどこかに必ず残る。少しだけ残るその痕跡を探し出す趣味からは、まだまだ当分やめられそうにない。

集落を結んで、山間部を貫く道。
戦争の傷跡を残しながら、今も厳に存在する道。
細かい改修を受けながら育っている道。

…また行こうか。

新潟県一般県道427号
五十子平真田線

完結。