一般国道253号
犬伏トンネル旧道

第5部「瞼閉じれば、そこに」

2024年4月20日 探索 2024年12月3日 公開

瞼閉じれば、そこに

・・・手前の灌木が非常に邪魔だ!

・・・とは言うものの、廃道を探索していると珍しいことじゃない。いや、むしろよくあることと言っていいだろう。灌木の何が邪魔なのかと言うと、真っ直ぐ生えてくれりゃいいものを、こうして斜めに生えてきていることだ。おかげで頭はぶつかるし、身を低く屈まなきゃいけないから腰が痛くなるし・・・

閑話休題。
前回はアバランチ・シュートを眺めた後に進路が笹のヤブに阻まれたところで終わっていた。今はそのヤブを抜けて一息ついているところだ。元来暑がりの私だが、今回ばかりは長袖を着用しているので笹のヤブが相手でも充分戦えた。これが半袖だと腕辺りがキズだらけになっていたかもしれない。
目の前には第二の笹ヤブが控えていて、もちろんこれを通らないと先へ進めないので突っ込むことになるのだが…これまでのと比べて笹の高さが高いような気がする。少し近づいてみようか。

足元はフカフカの枯草が敷き詰められた路面。きっと下はアスファルトなのだろうけど、今はその固い感触が感じられないほどに分厚い絨毯になっている。この旧道に入った最初の方で、ガードロープのアンカーを見つけたが、路肩防護施設は結局それのみ。ここも路肩にはガードレールやデリニエータの類は一切なく、「落ちたら死ぬ」状態になっている。それとも最初から設置されてなかったのか。もしそうなら、夜に通るには怖い道だっただろうなぁ。

一息入れるために飲んでいたルイボスティーをリュックに仕舞って、一つ大きなため息をつく。目に前に見えているヤブはなかなか手ごわそうだ。休憩中に外していたヘルメットを被ってリュックを背負い、今回のカメラの相棒であるD300を首から下げて、皮のグローブを装着するとバトルモードの出来上がりだ。さ、行こうか!。

イタタタタ…。全く笹ってやつは・・・どうやら長袖の袖と川の手袋の間のピンポイントを攻撃されて、右手の手首に少し傷を負ったようだ。たぶん切り傷だろうが痛くて仕方ない。ようやく笹ヤブを抜けてまた明るいところに出てきた。やれやれ・・・と言う感じだが、今まで足元を覆っていた枯草は姿を消して、その代わりに足元には杉の子が密集する道になった。さっき休憩してからさほど時間が経っていないが、少し立ち止まって手当をすることにしよう。

リュックを下ろして応急手当の機材が入っているバッグを取り出し、消毒用に持っている蒸留水で洗い流してから絆創膏。これだけでも傷が消毒されて安定するので、結果として痛みが和らぐ。赤十字救急法指導員として普段自分が教えていることだが、こうして実践してみると改めて傷の安静は大事だなぁと実感する。

さて…通るためにはこの緑の絨毯を踏みつけなきゃいけないが、それは少々気が引ける。とは言うものの、どっちにしてもここを通らないと先へ進めないので行くしかないか。なるべく端っこを歩いて被害を最小限にすることにしよう。

よっこらせっと・・・。せっかく育っている杉の子を踏みつけないように気を付けて端っこを歩いているので、足の踏み場に注意しながら慎重に歩みを進めている私だ。川側の路肩には背の高い杉が3本。そういえば、ここの手前にも川側の路肩に3本、杉の木が生えている場所があったなぁ。規則的にとも思えなくもない杉の木に、何か意図があって植えられたのかと思ってしまうところが、探索者としての習性か。

山側の斜面は、この道が開通当時からのものだろうか。なんだか妙に年季めいたものを感じてしまう。多少湿気があるせいか、苔が生育している様子も見えるし、私が苦手とする灌木も繁茂しているようだ。位置的にこの斜面の上には犬伏の集落があるはずだが、この道を通っていると、まさかこの上に集落があるとは思いもよらない。この国道が人里を離れたところを走っていたのは何か理由があるのか。そう思うと、なおさらその理由を知りたくなってくる。

これまで笹のヤブや杉の子の路面と、なんともバリエーション豊かな道を通ってきたので、こうした拓けた場所と言うのは久しぶりと言う気がする。この旧道の脇に付かず離れずで寄り添って共に進んで来た渋海川も、ようやくその姿を再び見せてくれた。擂り鉢状の侵食を見せてくれている姿は相変わらずだが、ここではその姿も幾分穏やかに見えるのは気のせいか。

笹のヤブを越えて灌木のいたずらをかわしてこないとここには来れないし、この景色は見れない。数十年の昔、この道を必要としていた人たちがいて、雪崩、崖崩れ、渋海川の氾濫など、数多くの災害と真正面から戦いながら人と人を繋ぎ、物と文化を通すと言う道路としての役目を全力で全うしてきた気高い道の姿がここにある。今は現役を退いて廃道になってしまったが、この道とこの道を通そうとしてきた人たちの気概は、こうして通っている今でもひしひしと感じている。そして、こうして感じているこの瞬間が私は大好きだ。

ふと、どこからか私の鼻をくすぐる、とても良い香りがした。思わず瞼(まぶた)を閉じて、香りに意識を集中する。これは・・・沈丁花の香りか。
そうか・・・。この道を見ても、茶色の枯草の絨毯の隙間から顔を出す、淡い緑の色鮮やかな杉の子、裸の灌木から芽を出す芽など、春の気配はたくさん。冬の間は遠く感じた春は目の前にあるんだな。この道は道としての役目を終えて、自然に戻ろうとしている。その姿を最後にとどめておかないと・・・ね。

この道の気概を感じている最中、ふと振り返ってみた。これまで私が通ってきた旧道の姿が見えている。そこには渋海川に沿って進む旧道、その片側は小高い丘の上にある犬伏集落を何故か避けるように進む旧道の姿があった。一面笹に覆われた斜面と、邪魔するかのように立っている灌木(こりゃ後で成長したものだろうな)。この探索も、ここでおそらく中間地点を過ぎただろう。最初はヤブに苦しめられたが、今はやがて終わりを迎える探索に、口惜しいものを感じる。だけど・・・

最後まで、この道を感じていよう。

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