一般国道253号
犬伏トンネル旧道
2024年4月20日 探索 2024年11月8日 公開
何度も渡る渋海川
※作者注…この犬伏トンネル旧道編は、もちろんそのままお読みいただいても楽しめますが、実はこの探索は、「田澤トンネル旧道」編と連続しています。先に「田澤トンネル旧道」編をお読みいただくと、より楽しめます。
一般国道253号。ここからお読みいただく方のために、軽くお伝えしておこう(田澤トンネル旧道からお読みいただいてる方は、途中まで飛ばしていただいて結構です)。
この地図上を左右に貫くのが一般国道253号。起点は日本海側の上越市の三ツ屋交差点で、そこから東に進んで中越地方の十日町市を経由、終点は南魚沼市六日町の美佐島交差点に至る路線。経路の途中で通過する頸城平野や十日町盆地を除けば東頸城(ひがしくびき)丘陵や魚沼(うおぬま)丘陵などの山間部を通過する、アップダウンに富んだコースを辿っている。
総延長は68.2キロ、道としての歴史はなかなか旧く、1963年(昭和38年)4月1日に二級国道253号直江津六日町線として指定、その後1965年(昭和40年)4月1日、一般国道253号となる。この地図の真ん中に「犬伏トンネル」とあり、川を挟んで対岸に崖の記号と共に迂回している道の姿が見えると思う。これが犬伏トンネルが竣功する前の、二級国道253号直江津六日町線の姿である。
この前のレポートの「田澤トンネル旧道」は、地図上では一本線。だが、実際に行ってみると軽トラックなら今でも立派に通行することが可能な道だった。対してこの犬伏トンネル旧道は二重線。となると、確実に自動車通行が可能な道、と思っていた。この時までは。
ところで、この国道253号と共に流れている渋海川。ご覧のように右に左に激しく蛇行していて、梅雨や秋雨の時季などには川が氾濫していたことだろう。おまけに山側は崖が連続しているので、田澤トンネル旧道と共に川の氾濫により道床流失や崖崩れ、落石が頻発していたかもしれない。このため2本のトンネルと4本の橋でぶち抜いて通年通れる道にしたと思われる。
と言うことで、現地。ここは田澤トンネルから田沢スノーシェッドを過ぎてすぐに分岐する、犬伏トンネル旧道の入口だ。このように道は1車線の幅しかないが左側に広場があって、車も難なく停められる。よって、今回のベース地点はここにした。写りこんでいる黒いノートは、これまで数回レポートに登場している私の車だ。どこかで見かけても、石は投げないで頂きたい(笑)。
分岐点の方へ少し戻って、田沢スノーシェッドから出てきた道が犬伏トンネルに突っ込んで行く姿を眺めてみる。この犬伏トンネルの坑口は、前回の田澤トンネル旧道編の最後でも書いたが、地山に対して坑門が飛び出している、いわゆる「突出型坑門」になっている。この坑門は坑口直上からの雪崩や落石による道路への損傷を防げるが、坑道が飛び出しているために上からの衝撃で坑道が破壊されてしまうこともあるという弱点がある。
坑口に直接橋桁が架かっている。橋自体はよくある鋼製の桁橋で、これ自体は山間の道路でよく見かけるので差し当たって珍しいものではないが、問題はこの橋の名前だ。
その名も「炭坑橋」。もちろん何の脈絡もなく名付けられる訳はないので、この辺に以前炭坑があって。そこから橋の名前が来ているのかも?と思って軽く周囲を調べてみたものの、その形跡はなし。「こりゃ後で文献から調べてみるしかなさそうだな…」と諦めて、他の銘板を見てみることにする。まずは、渋海川を渡った反対側の親柱の銘板を見てみよう。
そこにはこの炭坑橋の竣功年月日が刻まれていた。この道の素性を知る上で、これは非常に助かるものだ。昭和54年と言うと、西暦では1979年。およそ半世紀前からここに存在するこの橋、名前の由来は何なのか。これには大いに興味が湧くところで、この近くに炭坑があったのなら、それはぜひ見てみたい。その時にはぜひ、遠くに写っている私の車もぜひ一緒に連れてきたいものだ。
炭坑橋を軽く調べたところで、まずは分岐点に戻ってきた。道の幅は結構あるものの、実際にアスファルトが敷かれている部分はなかなかに狭い。およそ普通車1台分少々と言ったところか。この道が一般国道253号として機能していたわけだから、この十日町市松代(以前は新潟県東頚城郡松代町)の方々は冬になると、まさしく雪に閉じ込められていたのかもしれない。
この道も前方の様子をよくよく見ると、左側は急斜面、右側は渋海川で、道が上に上がる道とそのまま川沿いを進む道に分かれているようだ。下を進む道がおそらく旧道だろう。
ここもなかなかに楽しめそうだ。
田澤トンネルから続く道、
このスタート地点の近くを確認してから、
旧道に入って行こうか。
さぁそれでは…
探索開始!