新潟県出雲崎町道
尼瀬稲川線 稲川隧道 再調査編
第8部「青空に向かう道」
2025年4月5日 探索 2025年6月21日 公開
青空に向かう道

いいねぇ…山中に突然現れる、このだだっ広い空間。未開通の県道や国道なら、どこかに標柱にあったり、県の所有であることが記されるものがあったりするが、ここまで古い道、合わせて昭和初期には地図上から抹消されている道となると、そんなに痕跡な残っていないのかなぁと思ったりもしていた。しかし、X(旧Twitter)を見ていたりすると同じような時代の道を辿っている方がいらっしゃって、勇気づけられた私が、今ここにいる。
さて、この風景。これは前回の最後で紹介した地点から視点を変えて撮影したものだ。隧道が開通する前はここを通って海側に行っていたのかと思うと、行くだけでも大変だっただろうな。まして、買い物した荷物を持って通うとなると…。やっぱり道は人の生活において大切なものだ!。

擂鉢状の谷を越えて先へ進むと、道は上り坂に転じる。いきなり道幅が狭くなり、おそらくは切通しを目指して進んでいく。ホンマにここなのか?と不安感もあるが、谷側に生えた針葉樹の生え方を見て、多分ここなんだろうなと思いながら、木々をかきわけて進んでいく。
…え?ここなんだろうなと思ったのはなぜかって?。わかりません!(笑)。
強いて言うなら…直感?。だが、直感ほど頼りになるものはないが、直感ほど当てにならないものもないと言っておこう(笑)。

低木が生える路盤(と言っていいのか?)が続く。ま、明るいから灌木が育つんだろうけど…。だが、道の痕跡は辿れるほど色濃く残っている。ヤブこぎしなくていいだけ幸せと言えるだろうか。ここの道幅は広く、通行するには行き違いも出来て楽だったんじゃないだろうかと思う。ただし、いわゆる自動車が通る「車道」ではない。この場合の車道とは大八車などの車のことを指す。まぁここなら大八車引っ張って上がれるかなぁ…かなりキツいような気もしなくはないが…。

広いねぇ…。ここまで一気に上がってきた。この辺りで少し休憩することにしようか。ところで今日は4月というのに非常に暑い日だ。この前に行った道の探索は、山の中に入らない探索だったので半袖のTシャツを着ていたが、山の中の旧旧道をひょんなことから探索することになって、車の中にいつも積んでいる長袖の黄色いジャケットを来て探索を行っている。これが…暑くてたまらない。
と言うことで、ここで首にかけたカメラを下ろし、ヘルメットを脱いでジャケットを脱ぐ。…う~、涼しい~!。コンビニで買って持参したペットボトルのお茶を飲む。…んー、生き返るなぁ…。
灌木に阻まれて、周りの景色は今ではさほど見えないが、この道に多く人が行きかっていたころは、おそらくここから日本海が見えたことだろう。それはそれは絶景だったに違いない。今でも見えねーかなぁ?と思っていろいろ試してみたがダメだった。

さて、休憩して体力が回復したのと、上着を脱いで多少身体が冷めてきたので先へ進むとしよう。今日の目標は稲川トンネル直上にある切通しに到達すること。これを第一目標だ。あの切通しまで進めば、稲川側の旧旧道もおおよその位置がわかるんではないかと考えた。…ま、わからなかったらわからなかった時だ。ひとまずそこに到達することを考えよう。

今、自分が辿っている道が旧旧道なのか獣道なのか、それはよくわからないが、空が近くなってきた!。と言うことは、もうすぐ切通しと言うことか?!。暑くて多少バテ気味だったが、こういうことがあると一気にテンションが上がってパワーが溢れてくる。…で、その後でガクッと疲れが来るところが、トシを取った証だ(笑)。
ま、それはそれとして、よくよく見るとさっき見た道幅が広い場所と同じくらい、ここも道幅が広かったんではないかと思える。狭く見えるのは、人が通らなくって時間が過ぎていくうちに木々が生えて育ったからだろう。しかし勾配はなかなか急だぞ。やはりここは車道じゃないな。そう思う私を後目に、道は更に上に上がっていく。いつか一緒に見た、あの青空に向かって。
次回、舞台はいよいよ切通しか?!
ゴールは近い!